選手紹介

【特集】ロジャー・フェデラー選手

今回は、2022年9月15日に現役引退を表明したロジャー・フェデラー選手に関して、詳しく見ていきます。

なお、引退声明の日本語訳は以下の記事に詳しいです。

プロフィール

ロジャー・フェデラー選手は、スイス・バーゼル出身、1981年8月8日生まれのプロテニス選手です。

1998年にプロデビューしてから41歳に引退するまで、24年間プロテニス選手として活動しました。

身長185cm、体重85kg。右利きで、片手打ちのバックハンドを得意としてます。

フェデラー選手は24年間プロテニス選手として活躍しました。24年にも及ぶキャリアの中で、次のような偉大な成績を残されています。

  • シングルス、1,526試合中1,251勝
  • 世界ランキング1位在位期間 歴代2位の310週
  • 世界ランキング1位最長連続記録237週
  • 103タイトル
  • グランドスラム通算20勝
  • 史上6人目のキャリア・グランドスラム達成者
  • ウィンブルドン最多8回優勝
  • 全米オープン最多連覇の5連覇
  • マスターズ1000、28回優勝(歴代3位)
  • 試合中の棄権0回 

ショット分析 ~なぜ強いのか?~

フェデラー選手の武器は①予測不可能なサーブ、②強烈なフォアハンド、③柔らかいリストが可能にする繊細なボレーの3つです。

まずはサーブと、そのサーブから展開される攻撃的なサービスゲームです。フェデラー選手は、テニス史上最も素晴らしいサーブの持ち主です。スピードだけなら、もっと速いサーバーは少なくありません。しかしフェデラー選手のサーブは非常に正確で、プレッシャーのかかる状況でも時速190キロ前後で打つことができる安定感があります。そしてサービスフォームが球種によって変わらないため、リターナーはどこにサーブが飛んでくることが分からず予測できません。辛うじてリターンを返すことができたとしても、甘く返ったボールを3球目で確実に仕留めることで、相手にプレッシャーを与えます。1分以内にサービスゲームを決めることも珍しくありません。また、フェデラー選手はセカンドサーブの猛練習をしており、ダブルフォルトが異常に少ないことでも有名です。猛練習で培った安定した技術が信頼感を生み、攻撃的なファーストサーブを打つことができるのです。

フェデラー選手はラリーで同じ展開を続けることはしません。自分からスライスしてネットに出たり、逆にチップでネット際におびき寄せたり、非常に多彩なプレーをします。そして相手のエラーを誘うというよりも、最後はドロップショットやボレー、フォアハンドなどのショットで自分からポイントを取りに行く攻撃的なプレースタイルです。そして仮にフェデラー選手がミスをしたとしても、常にテンポよく攻撃を仕掛けてくるため、対戦相手は心理的に追い込まれてしまうのです。フェデラー選手のフォアハンドは非常に強力で、全盛期は「フェデラーにフォアに回り込まれたら終わり」と言われたほどです。また、ボレーの完成度は非常に高く、ネットプレーも得意としてます。

リターンはフェデラー選手の最も苦手なショットと言えるでしょう。フェデラー選手のリターンがサーバーに対してプレッシャーを与えるほど脅威ではないという意味であり、決してリターンが下手なわけではありません。どんなショットでも自在に操ることのできるフェデラー選手の中で、相対的に得意ではないショットという意味です。

名勝負と共に振り返るフェデラー選手のキャリア

フェデラー選手を世に知らしめたのは、2001年ウィンブルドン4回戦のサンプラス戦です。

当時、「芝の王者」と言えばサーブ&ボレーの名手ピート・サンプラス選手でした。ところが、なんとフェデラー選手がサンプラス選手をウィンブルドンで圧倒してしまいます。

2003年のロジャーズカップ準決勝、アンディ・ロディック戦の試合も衝撃でした。

2003年のATPファイナルズ、アンドレ・アガシ戦でのフェデラー選手。この頃既にレジェンドであったアガシ選手を圧倒します。

今ではフェデラー選手の「永遠のライバル」とされるラファエル・ナダル選手。そんなナダル選手との初対戦が2004年のマイアミ・オープンです。既にこの頃、サンプラス選手やアガシ選手などを倒してきていたフェデラー選手は、当時10代のナダル選手にとっては「超えるべき相手」だったのでしょう。しかし、この頃はフェデラー選手のピークであり、ナダル選手は歯が立ちません。

2004年の全仏オープン3回戦でのクエルテン戦も名勝負です。芝と違い、クレーコートはボールが高く跳ねるため、片手バックハンドのフェデラー選手はクレーコートを苦手とされていましたが、名手クエルテン選手に勝利します。

2004年 ATPファイナルズのマラト・サフィン戦もバチバチの激戦でした。全盛期のフェデラー選手を倒せるのは、ナダル選手とサフィン選手の2人だけだと言われたくらい、ゾーンに入ったサフィン選手も強いです。

同じく2004年のATPファイナルズ、今度はレイトン・ヒューイット戦です。ヒューイット選手も2004年当時はグランドスラムを何度か優勝しているトップ選手で、決して衰えてはいなかったのですが、全盛期のフェデラー選手が強すぎました…。

続いて2005年の全豪オープン準決勝、マラト・サフィン戦です。全盛期サフィン選手と全盛期フェデラー選手の本気のぶつかり合い。私も大好きな試合で、今でも頻繁に見返す名勝負です。

2005年のマイアミ・オープン決勝、ナダル戦です。初対戦の頃よりはナダル選手もランキングを上げてきているのですが、全盛期フェデラー選手がそれを上回ります。

2005年のATPファイナルズ決勝、ダビド・ナルバンディアン戦です。

2006年のローマ・オープン決勝、ナダル戦です。この頃から「フェデナダ時代」と呼ばれ始めました。

2006年のATPファイナルズ決勝、ジェームズ・ブレーク戦です。1年で最も活躍した8人の選手だけが出場できるATPファイナルズの決勝ともなれば、非常に密度の濃い試合が展開されます。

2007年のウィンブルドン決勝、ナダル戦です。実は前年の2006年のウィンブルドン決勝も同じ組み合わせで、そのときはフェデラー選手が勝っています。1年ぶりのリベンジに燃えるナダル選手を、またもやフェデラー選手が返り討ちにします。この試合はテレビに噛り付いて見ていた記憶があります。

2007年のATPファイナルズ決勝、ダビド・フェレール戦です。フェレール選手も堅実で素晴らしいテニスをするのですが、全盛期フェデラー選手が強すぎます…。

2008年の北京オリンピック、男子ダブルスの決勝です。ワウリンカ選手と組んだダブルスで、スウェーデン代表のアスぺリン/ヨハンソン組を6-3, 6-4, 6-7, 6-3で退け、金メダルを獲得します。

2008年ウィンブルドン決勝、またもや対戦相手はナダル選手。この試合は後世に語り継がれる名勝負でしょう。ナダル選手が3度目の正直でフェデラー選手を破ります。

2009年全豪オープン決勝、ナダル戦です。この頃はナダル選手が世界ランキング1位でした。

2009年ウィンブルドン決勝、アンディ・ロディック戦です。ロディック選手もアメリカNo.1で実力のある選手ですが、フェデラー選手に軍配が上がります。

2009年の全米オープン決勝、ファン=マルティン・デルポトロ戦です。なんとグランドスラム決勝の舞台でフェデラー選手をデルポトロ選手が下して優勝します。

2010年のロジャーズ・カップ準決勝、ノヴァク・ジョコビッチ戦です。「フェデナダ時代」に割ってはいってきたジョコビッチ選手の台頭です。

2010年ATPファイナルズ決勝、ナダル戦です。やはり、この2人の対決は盛り上がります!

2011年の全豪オープン準決勝、ジョコビッチ戦です。2011年はジョコビッチ選手の全盛期です。この年はフェデラー選手、ナダル選手、ジョコビッチ選手の三つ巴というよりは、ジョコビッチ選手の「一強時代」でした。

2012年のロンドンオリンピック準決勝、デルポトロ戦です。強敵デルポトロ選手を下し、決勝に進出します。

2012年ロンドンオリンピック決勝、アンディ・マレー戦です。芝の王者フェデラー選手と地元マレー選手の一戦ということで、会場は大盛り上がり。地元マレー選手が優勝を飾ります。

2012年ATPファイナルズ決勝、ジョコビッチ戦です。ジョコビッチ選手が強すぎますね…。

2013年の全豪オープン準決勝、マレー戦です。こちらも白熱した試合でした。

2014年ウィンブルドン決勝、ジョコビッチ戦です。芝の王者フェデラー選手と当時圧倒的な強さを誇っていたジョコビッチ選手の一戦。

2015年の全米オープン決勝、ジョコビッチ戦です。2011年に続き、2015年もジョコビッチ選手の全盛期であり、ツアーを支配していました。

2015年ATPファイナルズ決勝、ジョコビッチ戦です。2015年のジョコビッチ選手は強すぎた…。強者同士は本当によく当たりますね!

2016年の全豪オープン準決勝、ジョコビッチ戦です。

2017年の全豪オープン決勝、ナダル戦です。テニスファンの方は、この試合を一番好きな試合として選ばれることが多い印象です。「フェデナダ時代」を築いた永遠のライバルである2人が、怪我でツアーから離脱して「もう終わった」とメディアで報道されていました。ところが、怪我から復帰した2人がなんとグランドスラムの決勝で再び顔を合わせました。私も大好きな試合です。

2017年の全米オープン準々決勝、デルポトロ戦です。デルポトロ選手も怪我で苦しんできた選手。怪我から復帰したトップ選手の対戦から、目が離せません。

2018年の全豪オープン決勝、マリン・チリッチ戦です。怪我からの復帰後、2年連続で決勝の舞台に上り詰めたフェデラー選手。2年連続で全豪制覇です。

2018年インディアン・ウェルズ決勝、デルポトロ戦です。

2019年の全豪オープン4回戦、ステファノス・チチパス戦です。当時期待の若手であったチチパス選手との顔合わせ、見ものです!

2019年ウィンブルドン準決勝、ナダル戦です。正直、ウィンブルドンでまた2人の対戦が見られるとは思ってもみませんでした…!フェデラー選手がナダル選手に勝利して、決勝に進みます。

2019年ウィンブルドン決勝、ジョコビッチ戦です。フェデラー選手の最後のグランドスラム決勝の試合です。チャンピオンシップポイントを握ったフェデラー選手ですが、ジョコビッチ選手の不屈の精神で逆転…そのままジョコビッチ選手が優勝した試合です。

まとめ

名試合を振り返りながら、フェデラー選手のキャリアをおさらいしてきました。

サンプラス選手やアガシ選手といったレジェンドを、1990年代後半~2000年代前半に下剋上して台頭したフェデラー選手。

その後、サフィン選手・ヒューイット選手・ロディック選手・フェデラー選手などの所謂「ニューボールズ時代」が到来します。

その中でも突出していたフェデラー選手の全盛期が訪れます。

そんな中、10代のナダル選手が台頭してきます。

その後、成長したナダル選手と共に「フェデナダ時代」を築き上げ、永遠のライバルと呼ばれます

そんな2人に割って現れたのがジョコビッチ選手。

三つ巴になるかと思いきや、2011年からはジョコビッチ選手の一強時代の到来です。

フェデラー選手は各メディアから「フェデラーは終わった」と囁かれますが、何度も蘇ります

2010年代半ばに怪我でツアーを離脱しますが、2017年に全豪オープン優勝という見事な復帰を果たします。

その後2018年までの2年は再び「Big3」がツアーを支配します。

2019年以降はフェデラー選手も年のせいかミスが多くなり、故障もあってツアーを再度離れます。

怪我からの復帰を楽しみにしていましたが、2022年9月15日にフェデラー選手がついに現役引退を発表。24年にもわたるキャリアに終止符を打ちました。

ありがとうフェデラー。